シリウス星☆出身?!ヴィーガン宇宙人のスピリチュアルブログ 

食・愛・笑を好む、ちょっとおかしな私の体験記を日々綴っています♡

現代の覚醒者エックハルト・トール

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僕は約1年程前に、偶然動画を通じて、エックハルト・トールという人物を知りました。

この方は日本ではあまり知られていないようですが、
アメリカではとても人気のある精神的指導者として著名な人物です。

 

いくつか動画で講演の様子などが紹介されていますので、
興味のある方は是非ご覧下さい。↓

(ユーモアを交えながら悟りの本質を丁寧にわかりやすく教えてくれています。)

www.youtube.com

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彼の話の内容を聞く限り、僕は現代における覚醒者、悟りに至った人物の一人として認知しています。

 

彼の語る言葉には、悟りの概念をかみ砕いてわかりやすく伝えようとする優しさ、愛が感じられます。今でもたまに動画を見て、その内容を大変興味深く聞き入っています。

 

また、彼は「 さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」と、
「ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる」の二冊の有名な著作も書かれています。↓  

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

 

 

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

 

僕は、「ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる」の方を読みましたが、
まさに真の悟りの概念を伝えている名著だと思いました。

 

人によっては最初は難解に思えるかもしれませんが、
何度も読み込んだり、自分の人生経験を重ねていく中で、
時折その本を読み返してみると理解ができる箇所が生まれてくるような、
悟りの世界に興味がある方には、バイブルとなる良書であると思います。

 

僕がエックハルト・トールに惹かれたもう一つの理由は、
彼が悟りに至った経緯、出来事についての話を聞いた際、
僕が一時的な悟りの状態に達した時と大変よく似ていたためです。

 

僕はなぜか人生の自然な流れの中で、苦しみの最果てに自分を導いてしまいました。
その結果、幸いにも一時的に悟りの世界を覗くことになりましたが、
一歩間違えれば自殺していたようなかなり危険な精神状態でした。

 

僕はその経験があったので、みんながみんなそのような苦痛の中で悟りに至らなくてもよいということを思いました。

 

だから、そういった霊的指導者たちは、自分の過去の経験を生かし悟りの本質をわかりやすく伝えようとしてくれているのです。

 

僕の場合は、性格的にとことんまでやらないと自分の信念を曲げないという頑固さがあったせいで、正直余計にこじらせてしまった感がありました。
別にそこまで行かなくても、その前に気づいたって良かったのにな~というのが、今になって思うことです。

 

人生を生きる上で悩みや苦しみを感じる時、エックハルト・トールのような人生の先輩の話から生きるヒントを得るというのも一つの方法だと思います。

 

この世の出会いはすべて必然であると考えると、
つい最近になって彼の存在を知ったということは、
何かとても縁を感じるというか、シンパシーを抱きます。

 

僕の場合は、一時的な悟りしか経験せず、またいつもの精神状態に戻ってしまいましたが、エックハルト・トールの場合は完全な悟り、覚醒に至っているので、もう元の精神状態には戻らない域に達しています。

 

それが、僕とは大きく違います。

 

人は、稀に急激に悟りに至るというケースもあるかもしれませんが、
その心理的な衝撃というか、精神的はショックは計り知れません。

 

なので、通常は悟りと普通の精神状態を自然に交互に行き来したりすることを繰り返して、
徐々に永久的な悟りへと至っていくというのが、一般的な流れというか、
変化が緩やかで精神的なショックが少ない安全な方法だと僕は思っています。

 

いきなり完全に悟ってしまうと、人によっては自分の意識以外この世には何もない、
目に見える宇宙のすべてが突然崩壊してしまうかのような極端な感覚に陥ります。
そのことによって、ものすごい虚無感と孤独感に襲われ、場合によっては生きる意味を見失う場合もあったりします。

 

この世が人間としての体験を味わうためのいわゆる幻想の世界であるということに対して完全に疑いの余地がなくなってしまうのです。
そして、もうその世界のすべて、あらゆることに対して執着するということがなくなります。

 

そうすると、まるで種も仕掛けもわかっているマジックを見せられているような感じでこの現実世界が見えてしまうので、様々な感情や経験それ自体をリアルに心から楽しめなくなるのだと思います。

 

そのため、その死後「解脱」という選択肢が生まれ、
自由意思によってその道を辿るのだろうと僕なりに解釈しています。

(たとえ解脱したとしても、本人が希望すれば再び地球に転生することも可能だといわれています。)

 

これから先の時代は、ユニティ(統合)の時代と呼ばれていて、
この目覚めというのをより多くの人が経験していくような流れに入っていくだろうと思います。

 

この現実世界に没入することなく、別の視点から俯瞰的に眺めるもう一人の自分と共に人生を歩むような感覚を得るということです。

 

実は、もうそのように生きている人たちは沢山います。
そしてこの現実世界に目覚めても、人生を楽しむことはできます。
それは愛に満ち溢れた世界の中で純粋に創造を楽しむという生き方です。

 

究極を言ってしまうと、今自分の目から見えている世界というのは、自分の意識が創造したもので、さらに私たちはその中で自作自演のドラマを演じているに過ぎないのです。

 

いずれどの人もこの領域に達するのだと思いますが、感情体験というのは人間の生を通して得られる最大の喜びでもあるので、「今を生きる」という言葉を大切にしながら、
その人のペースで人生を謳歌し目覚めていくことが一番なのだと思っています。

 

ついでに言うと、悟りに至るのが早い方がいいとか、今世で悟ったら勝ち組というのは、実はエゴが仕掛けるまやかしだと僕は思っています。

 

悟りとは自分の存在の本質、神性に「今この瞬間に気づくこと」でもあります。元々自分が備えていたものに、改めて「あっ、最初からそこにあったんだ!」と気づくということです。

 

元々持っていたものに早く気づくのがいいかどうかというのは、自分の許可次第というか、そう意図すればそうなるだけであって、いつ気づくのかさえも実は今この瞬間の自分自身が決めているのです。

 

「すべては自分の意識が決定している」とするならば、悟りを得ることに価値を見出しているのも自分ということになり、いつ悟るのかも自分が決めているということになるので、結局イタチごっごになります。

 

悟りを求めるということは、今の自分が悟っていないということ、そういう自分がいるという現実を強化することにあえて力を貸してしまうことになるため、一生悟りには至れません。矛盾するようですが、これが真実です。

 

わざと悟っていない自分というものを生み出し、幻想の悟りを求めて彷徨うという悲しい現実を生きることになってしまうのです。悟るべきものなどない、私は初めからすべてを知っている、悟っているというのが本来のシンプルなあり方です。そうすると、終わりのないエゴの罠から抜け出ることができます。

 

最終的に、その人それぞれにあった人生の流れというものがあるので、それに抗ったり無理矢理なんとかしようとしたりせず、自然な天の流れに身を委ねて生きることが肝心なのだと思います。

 

そんなことを言いながら、僕もどっちかというと天の流れを無視して、自分の力(エゴ)で何とかしたくなってしまうタイプなので、今その流れに乗るということを訓練している最中です。(。-_-。)

 

今回ちょっとうまくまとまらず意味不明な箇所も多かったかもしれませんが、どうかお含みおき下さい。

 

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