シリウス星☆出身?!ヴィーガン宇宙人のスピリチュアルブログ 

食・愛・笑を好む、ちょっとおかしな私の体験記を日々綴っています♡

プロセスくん

私は自分が目指す夢が何年経ってもなかなか実現せず、
不満タラタラ~の毎日を送っている時、ふとこんなことを思った。

 

「きっと神様はその目的地(夢)までの道のり(プロセス)を私が満足するまで味わっていないと思っているのかな?」と。

 

それはある意味で人生の盲点というか、生きるコツみたいなものだとも思うのだけれど、その道のりを十分に楽しむことができた時が、その道のりの終わりを示すように思った。
言葉を変えると、目的地までの道のりすらも楽しんじゃってるようだったら、
そこから目的地に至るのは早いというか、もう目指す場所はすぐ目の前にあるように思った。
 
もし仮に目的地までの道のりというものに人格があったとして、
それを“プロセスくん”と名付けてみる。
ある人がなかなか目的地に到着しないと不平不満を(・´з`・)ブーブー言っているうちは、“プロセスくん”は自分が愛されていないと感じて、
「僕に文句ばっか言いやがって」とすねてしまい、
反対に意地悪してその人を目的地に近づけるのを遅らせたり、
かえってその人を手離すことを拒否しそうだなと思った。

 

でも、反対にある人がその“プロセスくん”と戯れて、それ自体を楽しみ始めていたら、
“プロセスくん”は「なんだかこの人は目的地のことをすっかり忘れて、僕と遊ぶのを楽しんじゃってるけどいいのかな?」、「僕はこんなに愛されていいのかな?」と思い始め、やがて自然とその人を手離していくように思った。
“プロセスくん”は愛されることによって、その人を目的地へ送り届ける役割を担っているように思えた。

 

実は、この変な理屈は私が過去に起きた経験から思えたことだった。

 

その出来事とは、資格試験合格のために勉強をしている時で、本試験の直前、
実際の試験に近い状況(同じ時間帯や制限時間内など)で、過去に出題された本試験の問題をいくつか解いてみた。すると、どれも満点近い点数が採れて優に合格点を上回ることができた。

 

その時、「なんかもう本番の試験なんてどうでもいいか・・・。」
「もうすでに合格できるレベルに達してるし、合格証書はおまけみたいなものだから大して価値がないのかも・・・。」
「合格に値する能力が自分に備わっていると自分が信じられればそれでいっか!」
とふと思ってしまった。
一応せっかくこれまで勉強してきたんだからと思い直し、本試験は受けに行ったけれど思った通りすんなりと合格し、改めてその「合格」という目に見えるかたちに対して疑問を抱いた。
それは他者にわかりやすく伝えるための一つの手段であって、自分にとっては正直あってもなくても同じことだと思った。それよりも自分にそれ相応の能力が身についていると思えるかどうかの方が大事だと思った。

 

実は他にも似たような経験があって、何か思うように成果が出ないことに対して不満や苛立ちを感じていた時はまずその成果は得られなかった。
むしろ成果なんて対して気にしない、それは単なる通過点でそのプロセスにおいて全力を注げたらそれで十分だと思っていた時に限って、不思議と成果が得られ夢が実現したり、いつの間にか目的地に辿り着いていた。

 

その経験からプロセスの期間も、実は人生に一度しかない、一度しか通らない道であるのだから、それをもう十分だと思えるくらい満喫して、良い悪い関係なく味わい尽くした方がいいのかなと思った。
そうすることで、自然とそれを手離す許可を自分自身に与えられるのだという気がした。
神様はきっと私が人生で悔いを残さないように、このような仕組みを作り、また配慮してくれているのかなと、そんな変なことを思ってしまった。

 

もし私が目的地に至るまでの過程で、
神様に「おぬし、まだまだ遊び足りてないぞ~。もっと楽しめ~!」って言われたら、
「何!?これでもまだ足りないの?じゃあわかった!もっと楽しんじゃうね!」と
言い返しちゃうと思います。(^_^)

 

そして、そんな軽やかな気持ちで日々を楽しみながら大切に生きていると、
神様が「おぬしはもう十分遊んだので終わりじゃ!」と言って、
「え!?もう着いちゃったの。早すぎー!」って思うくらいあっという間に
目的地まで送り届けてくれるように思います。

 

一瞬一瞬に心から感謝できた時、
本当の意味で旅立てる準備ができて、
新たなステージに立てるのだという気がします。

 

いつもありがとう
すべての存在に感謝☆彡